2020/01/22
パワハラに"なる"/"ならない"は、何で決まるのか。
「バカか、お前は」
私は、司法修習生の当時、
所属していた浦和地方裁判所
(現:さいたま地方裁判所)
の裁判長から、
他の裁判官や職員もいる前で、
「バカか、お前は」
と言われたことがありました。
まだ、日本で
「パワハラ」という言葉自体が
無かった頃の話ですが、
裁判長の発言は、
今でいうところのパワハラに
該当するのか。
私は、この発言は
パワハラに該当しない、
と考えています。
なぜなら、
私が嫌だと感じなかったからです。
裁判長は、
「バカか、お前は」が口癖で、
いつもニコニコと笑いながら
発言していましたし、
私も、はじめて言われて、
むしろ嬉しく感じたくらいでした。
さらに、裁判長は、
「まだ司法修習生なんだし、
バカなことを言っていいんだよ。
どんどん、バカなことを言いなさい」
と述べられ、
未熟だった私でも
意見を言いやすい雰囲気を
作ってくださいました。
パワハラの判断基準
パワハラに“なる”“ならない”は、
発言の内容もさることながら、
文脈、すなわち“物語”によって決まりますので、
一律かつ明確な線引きは不可能です。
実際の裁判でも、
ある発言がパワハラに該当するかどうかは、
諸事情の総合評価によって決まります。
総合評価の材料となる事情としては、
ざっと挙げるだけでも、
以下のようなものがあります。
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①どんな目的で発言したか
(指導の目的だったか、ムカついて言っただけか etc)
②どんな経緯があったのか
(何度注意しても、聞き入れられなかった etc)
③労働者に問題行動があったのか
(遅刻を繰り返した、指示に従わなかった etc)
④どんな状況で発言したのか
(他の社員の面前だったか etc)
⑤どんな言葉を発したか
(人格を否定する言葉があったか etc)
⑥どのくらいの時間だったか
(必要以上に長時間、しつこく叱ったのか etc)
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「パワハラ防止法」が制定された
いわゆる「パワハラ防止法」が制定され、
大企業は2020年6月、
中小企業は2022年4月から、
パワハラ防止対策をとることが
法律上の義務となります。
同法の施行に先立ち、
厚生労働省の労働政策審議会において、
企業のとるべき措置等を示した
「指針」が正式決定されました。
この「指針」には、
「(パワハラに)該当すると考えられる例」
「(パワハラに) 該当しないと考えられる例」
も掲載されています。
例えば、
「(パワハラに)該当しないと考えられる例」
として、以下のような事例が挙げられています。
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【該当しないと考えられる例】
(抜粋。下線部は白川)
「遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、
再三注意してもそれが改善されない労働者に対して
一定程度強く注意すること。」
「その企業の業務の内容や性質等に照らして
重大な問題行動を行った労働者に対して、
一定程度強く注意すること。」
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私は、
企業側の代理をすることが多いせいか、
上記の例について、個人的には、
「こんな明らかに該当しないような例を、
わざわざ挙げる必要があるのか?」
と感じてしまいました。
他方で、弁護士によっては、
「『強く注意』の程度が不明確であるため、
幅広く解釈される危険性がある」
「企業による責任逃れの弁解に
悪用される危険性が高い」
といった意見もあります。
確かに、
「一定程度の強い注意」というのは、
一体、どの程度の注意なのか、、、
よく分かりません。
パワハラ防止法ができたことで、
部下を指導すべき立場にある上司が、
「部下を注意すると、
パワハラで訴えられるかもしれない。。。」
と萎縮してしまい、
業務上必要な注意ができなくなる、
という事態も考えられます。
指針の「該当しない例」は、
そのような事態を避けるため、
「業務上の注意が、
何でもかんでもパワハラになるわけではない」
ということを
念のために示したかったのかもしれません。
パワハラの判断基準は変わらない
パワハラ防止法は、
企業にパワハラ防止を義務付ける規定であって、
パワハラに“なる”/“ならない”
の判断基準を示すものではありません。
結局のところ、
どの程度なら法的に許容されるのかは
「状況次第」であり、
前記のような諸事情①~⑥等の
総合評価によって、
違法なパワハラかどうかが
判定されることになります。
私が司法修習生の時代に体験した
冒頭の例のように、
相手が嫌がらなければ、
ハラスメントにはなりません。
しかし、
人によって受け止め方は様々ですから、
パワハラを防止すべき立場にある人は、
自分の周囲で一番傷つきやすい人を思い浮かべて、
「〇〇さんだったら、傷つくだろうか?」
と考えてみることが肝要です。
今の時代、
職場で「バカか、お前は」と発言することは、
避けた方がよいでしょう。